やがては浮かぶことさえも困難となる

「あなたは上滑りしたことがありますか？」

白い立方体の空間の内部で
見知らぬ男は私にそう言った

私はこの立方体の空間は
宇宙に浮かんでいるのだと思った
立方体の外の空間には星の輝く宇宙が
奥行きも感じさせないままにひろがっているのだと思った

そして私は浮かぶということは
何らかのエネルギーを必要とするのかと考えたのだが
空間の内部にいる私には何もわからなかった

私は男に向かって口を開いた

「海の上には
沈みたくても沈むことの出来ない物質がたくさん浮かんでいます

全ての陸地は
その物質が集められてつくられたのでした
ですが人間はその事実を忘れて
自分の立っている場所はどこか深い場所へと通じていると考えます

人間は『大地』という言葉が好きで
人間は根本的に基盤があって
宇宙の地平みたいなものを想像しているのですが
実際にはほとんどのものが浮かんでいるのです

おそらく宇宙の中で
沈むことほど困難なことはないでしょう
ですがわずかながらのものが沈んでもいます
それらは何か意志に似たものによって沈んでいくようですが
一体どこへ沈んでいくのでしょう？」

私はこう答えた後で
男の質問に正確に答えていないことに気付き
こう付け加えた

「そして浮かぶことも沈むこともできないものが
上滑りするのです」