胸のお堂

祖父の名前は亀之助といった。夕陽を背に受けて鉄工所から帰ってくる祖父、傷めた足を引き摺ってあぜ道を帰ってくる祖父を私は夢で見る。稲藁の山で遊んで体がかゆくなると一緒に五右衛門風呂に入ってくれた。底板がひっくり返らないように祖父が先に入り私の両脇を掲げて湯に沈めてくれた。棺を引っ張ったのは私だった。祖父の遺言だと親父は泣きながら言った。茶けた写真の祖父の右肩は下がり、窪んだ眼の下は三角に暗い。棺が燃える夜、私は庭の畑で大便をした。トマトか何かの畝を掘ってして埋めた。大人達は広間で酒を飲み騒ぎ、隣家の灯だけが静かだった。おふくろは台所で働いていて傍に寄ろうとすると誰かが私の頭を撫でながら隅の部屋に連れて行った。そこには妹も居たはずだ、付録の紙の着せ替え人形を枕元において。
祖父はその後私の守護霊となった。高校受験や大学受験、就職、披露宴、転勤、事ある毎に私の進む先を黙って開いてくれた。高みにあって操るが如く私の胸の丹田に空を敷いてくれる。胸のお堂は合掌するにちょうどよい湿度だ。真鍮の玉が供えられ祈る間は宙に浮いて静かに回る。すると邪念や邪想が遠ざかる。私は自分という塊を空にそっと浮かべる。後は祖父の気配を頭上遥かにし内側より扉を開ける。